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竹久夢二 伊香保記念館
竹久夢二は、明治17年9月16日、岡山県の酒屋に生まれました。早稲田実業在学中、雑誌『中学世界』にコマ絵「筒井筒」が一等入選し、初めて世に名をあらわしました。夢二はまた日本各地を旅行し、晩年には欧米も訪れました。しかし帰国後、肺結核となり昭和9年、51歳(数え年)でこの世を去っています。
竹久夢二が、はじめて伊香保を知ったのは加藤ミドリさん(旧姓松沢)からのファンレターでした。大正8年に伊香保を訪れて以来、伊香保の気候、風土、人情が夢二の心を捉え、晩年には「榛名山美術研究所」建設という大きな構想を立てていました。
絵画の他、デザインや本の装幀、詩や俳句など幅広く活躍しました。
群馬県の中部、榛名山の中腹に位置する町、伊香保。万葉の時代、現在の榛名山一帯は伊香保嶺とよばれ、万葉集の東歌のうち上野国(群馬県)の部でもっとも多く歌に詠まれたのが伊香保でした。
夢二と伊香保との出会いは、少女からの一通の手紙で始まります。
「夢二先生、先生は伊香保にいらっしゃったことがおありでしょう。私は、そのとき『先生は夢二先生でしょう』とお聞きしたかったのですが気が引けて言えませんでした。」
夢二のもとへ伊香保の少女からの手紙が届いたのは明治44年のことでした。
「愛らしいお手紙うれしくうれしく拝見しました。イカホとやらでお逢ひになったのは私でありません。それが私であったろうならと心惜しく思はれます。お逢いする日があったらその日を楽しみませう。さらば春の花の世をすごさせたまへ」
夢二がはじめて伊香保を訪れたのはそれから8年後の大正8年のこと。当時あの『宵待草』が日本中で歌われ、夢二の名は不動のものとなっていました。
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